ガンを乗り越え いのちを紡ぐ

第1章 病気のこと

2011年の冬、何か胃がスッキリしない毎日で胃がんを疑いました。翌2012年1月に人間ドッグを受けましたが、その結果では特記すべき病は発見されませんでした。しかし、春になるにつれ益々体がだるく微熱が続き、微量の鼻血も出るようになり体も浮腫んできました。
これは普通じゃないと思い、5月中旬、1月に人間ドッグを受けた白金の大学病院に行き、そのまま入院になりました。シェーグレン症候群と難病の血小板減少症紫斑病とわかり、ガンは特定されないされないままに検査入院が続きました。
血小板減少症紫斑病なのに、ペパリンを点滴したためか、硬膜下出血を起こし、脳外科のある広尾の医療センターに救急搬送され治療を受け、その5日後に信濃町の大学病院に転院し、縦隔リンパ節に出来た5㎝大のガンが発見されました。7月下旬の退院まで約2か月間の入院で、ガンの治療脳出血の後遺症のリハビリ特発性血小板減少症紫斑病シェーグレン症候群との壮絶な戦いの日々が続きました。ガンの細胞診時には大量の胸部内出血も起こし、命の危険が生じ、家族は脳出血に続き2回目の呼び出しを受けました。
胸水と血液をチューブで排出する装置、尿道カテーテル鼻カニューレの酸素吸入点滴を付けたままで行う、脳出血後遺症のリハビリは大変きついものでした。
病状が落ち着き一度は退院になりましたが、12月に入るとまた体がだるく、微熱、浮腫が出て2013年1月に2度目の入院になりました。本格的に抗ガン剤治療が始まり、短期にガン細胞が大量に崩壊した事により、腎臓機能が低下し危うく人工透析になるところでした。またこの時は体全体の浮腫による網膜剥離も併発しました。大病は様々な余病も連れてきてしまうのです。
2度目の入院は約1か月で、計約3か月の入院になり、退院後は通院での抗がん剤投与が約半年続きました。
そして現在(2018年)は、脳出血の後遺症も、ガンも、特発性血小板減少症紫斑病も克服し、毎日ヨガに勤しむくらい元気になりました。
退院時の、脳出血後遺症の麻痺やせ細った体ボロボロの皮膚と頭髪、情けない体力は嘘のようです。
これは、転院先の担当の先生による適切な治療はもちろんのことですが、食欲のない私に何か食べさせようと苦心してくれた、家族、友人によるところも大きいと感謝しております。
その中でも食べられない私に、入院中毎日欠かさず、長女が届けてくれた口当たりの良く栄養価の工夫を凝らしたスムージーは、体調を快方に向けた立役者だと感じています。

ガンの主たる原因は、私の場合少なからぬ飲酒だと思っています。肝臓が丈夫だったので慢心した結果、免疫力が低下し、色々な病が1度に発症したのだと思います。
退院後1年間禁酒し、今は週に1回程度ワインを少し?頂いています。
何より、免疫力が高まるバランスの良い食事適度の運動早寝早起を敢行し、毎日楽しく暮らすよう心がけています。



第2章 いのちを紡ぐ料理

病の時は、食欲がないばかりか、食べ物を見るのも、香りさえも嫌なものばかりでした。
だから、夏なのに手はアカギレだらけ、体の皮膚はゾウさんのように無残にヒビ割れて...
食べるのって大切ですよね!栄養点滴だけでは身になりませんもの。
その時は、一口だけやっと頂けるスムージーが、私の命をつないでくれたのだろうと思います。最初は桃だけの優しいスムージーだったかな。体力の回復とともに色々な栄養素を取り入れたスムージーへとなっていきました。
そして退院後は、体力を回復するために、免疫力が高まるであろう素材を取り入れた、バランスの良い食事が私の命を紡いでくれたのだと思います。
野菜ソムリエプロ、雑穀エキスパートの知識も生かした、この数々の私の命を紡いだお料理をブログでご紹介していきます。

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